非合理な選択ができること。それがAI時代を生きる人間の強み

非合理な選択ができること。それがAI時代を生きる人間の強み

この時代に問う。
人間らしさとは、いったい何なのか。

AIが日々進化し、合理性が求められる社会で、最適な答えは、いつもAIが示してくれる。間違えずに済む。迷わなくてもいい。便利なはずなのに、なぜか心は置き去りになる瞬間がある。

私はAI関連の営業をしている。
AIを薦めながら、ふと自分に問いかけることがある。
「俺の仕事って、もう必要ないんじゃないか?」
そんな思いが、喉の奥でつかえることがあった。

でも最近、こんな考えが浮かぶようになった。
人間は“非合理な選択”をする。そこに意味があるのではないか。

ムダだとわかっていても、なぜかやりたいこと。
数字で証明できなくても、「こっちだ」と感じる直感。
それはAIには再現できない、人間の衝動だ。

合理だけでは生まれないものが、きっとある。
非合理な選択こそが、人間を“人間らしく”するのだとしたら——

この文章を読んでいるあなたの選択も、AIに言わせてみれば非合理的な判断なのだろう。

だからこそ、人間にはまだ、生きる理由がある。

執筆者プロフィール|尾崎 弘師

  • 元プロボクサー。17歳でデビューし、勝敗と体調不良の中で「情熱の喪失と再起」を体験

  • 現在はAI関連の営業職として最前線に立つと同時に、「人間らしさ」の価値を探求

  • フリーランスとして独立後、年間販売額1億円超の営業実績を達成

  • 独学でライティングと心理学を学び、人の内面に火を灯す言葉を届ける活動を続けている

  • 「IKIGAIコレクター」として、全国の“IKIGAIを持つ人”を取材・発信・応援

  • テクノロジーと人間性の間に立ち、“合理では語れないもの”を言葉にすることを大切にしている。

1.正しさばかりを求める社会で、人間は“何か”を失っていないか?

この社会では、何かにつけて「正しさ」が求められる。

AIが正解を導き出し、数字がその合理性を証明し、ミスのない働き方が“優秀”とされる時代。

間違いがないこと。
迷わないこと。
最短ルートを行くこと。

それが「成果」と「信頼」の条件になっている。

でも、その流れの中で、私たちは何か、大切なものを失っていないだろうか。

合理的に生きたい。
というより、「合理的に生きなければいけない」という空気が、社会のあちこちに広がっている。

それはまるで、集団的な思考の自動化のようだ。
心理学では、こうした状況を「認知的負荷の最小化」と呼ぶ。
人は疲れてくると、自分の頭で考えることをやめ、“正解っぽい答え”に乗っかろうとする。

正解を示してくれるAIやアルゴリズムがあれば、自分で迷う必要がない。それは確かに楽だし、効率的だ。

でも、その合理性が強くなるほど、人間は「考える自由」や「感じる余白」を手放していく。

私自身、AI関連の営業をしている。
ある時ふと、こう思った。

「これ、もう営業じゃなくて、AIが勝手に選べばいいんじゃないか?」

AIは、過去のデータをもとに最適な商品を提案する。
相手の属性や傾向を判断し、最短ルートで結論を導く。
それを人間がやるより、ずっと早くて正確だ。

実際、クライアントの経営者からもこう言われたことがある。
「もう少ししたら、あなたの仕事もAIに置き換わるかもね」
冗談のように笑いながら、でもその目は本気だった。

私は笑い返せなかった。
むしろ、自分でもその可能性を否定できなかったからだ。

「自分って必要なんだろうか?」
そんな問いが、ずっと胸のどこかに引っかかっていた。

すべてが効率化されていく中で、人間の価値とは何なのか。人間にしかできないことって、いったい何なのか。

社会はますます、「正しいこと」「失敗しないこと」を求めている。
ミスをしない人間、感情に振り回されない人間、計画通りに動ける人間だけが“優秀”とされる。

そして、効率的じゃない人は、知らぬ間に「無能」と見なされるようになった。
非効率=価値がない。そう決めつける空気が、日常に染み込んでいる。

学歴、数字、成果。
どれも「正しさ」を保証するラベルのように使われる。

レールを外れたら笑われる。
失敗したら、取り返しがつかないと思わされる。
正解だけを出し続けることが、生きる目的になってしまっている。

でも、ほんとうにそうだろうか?

ずっと正しいことをして生きるって、本当に意味があることなのか?
失敗をしないことが、私たちの「生きる理由」になるのだろうか?

何かを選ぶたびに、心の奥でざらついた感覚が残る。
“正しさ”だけを基準にした生き方は、どこか、ものすごく不自然に思えるのだ。

2.非合理な選択に、人間だけの価値が宿る

ムダだとわかっていた。
それでも、どうしてもやりたかった。

そんな感覚を、私たちは何度となく味わってきたはずだ。
理屈では説明できないけれど、なぜか惹かれてしまうこと。
合理的とは言えないけれど、「やらずにはいられない」選択。
それは、AIにはできない。人間にしかない判断だと思う。

実際、脳科学でも、人間の行動は「報酬」より「好奇心」や「直感」によって動かされることが分かっている。
新しいものに触れたとき、人の脳内ではドーパミンが分泌され、その快感が「もっと知りたい」「もっとやりたい」という衝動を生み出す。
この“快”の回路は、AIには備わっていない本能的な動力源だ。

私自身も、そんな非合理な選択をしたことがある。
会社員時代の営業生活。
効率的に働いているように見えて、心のどこかが空っぽだった。

ある日、ふと思った。「このままじゃダメだ」と。
未来は見えなかったけれど、独立する道を選んだ。
それは収入の保証もなければ、成功の根拠もない“無謀”だったかもしれない。

それでも、私には**「人のためになることをしたい」という思いがあった。
効率なんて、どうでもよかった。
私にとって大切だったのは、「皆んなのIKIGAIを全力で応援する」**という理想を追いかけることだった。

もし合理的に考えていたら、そんな道は選ばなかったはずだ。

正直、私は要領が悪いし、不器用だ。
でも、その不器用な選択が、今の自分をつくってくれた。
そのとき感じた「これが自分なんだ」という感覚は、AIには再現できない。

非合理な判断は、時に笑われる。
でも、その先にこそ、自分自身の“存在の実感”がある。

AIは、正しいであろう答えを出す。
でも、人間は「まだ答えのないこと」に飛び込める。
だから、非合理であることを恐れる必要はない。

非合理な選択をするという行為こそが、人間だけに許された“生きる証”なのだと思う。

3.AI時代を生き抜く鍵は、“非合理”を抱きしめること

このAI時代は非合理な選択こそが、“人間として”生き抜く鍵になるのだと思う。

AIは日々進化し、最適な答えを出すことに関しては、もはや人間を超えている。
情報処理速度、記憶力、計算精度。
どれをとっても、合理性という土俵では敵わない。

でも、人類がここまで進化してこられたのは、合理性だけではなかった。

進化論の観点では、人間は常に「予測不能」な選択をして生き残ってきた。
たとえば、食べ物に困っていた時代に、新しい土地へ冒険に出るというのは、本来は危険で、合理的ではない選択だった。

しかし、そのリスクある非合理な行動が、結果的に新たな資源を得ることに繋がり、人間社会を前進させてきた。

進化心理学ではこれを「探索的行動(exploratory behavior)」と呼び、環境が変化しやすい時代においては、むしろ生存に不可欠な特性とされている。

つまり、人間は“正解がわからない場面であえて動く力”を本質的に備えている。

一方、AIは既存の情報から最適解を導き出すことには長けているが、「未知への挑戦」や「意味のない行動」には価値を見出さない。

だからこそ、これからの時代、私たち人間は“合理では説明できない衝動”や“自分でも理由がわからない選択”を、もっと大事にすべきなのではないかと思う。

目的のないことをする。
好きだから、やってみる。
感情に動かされる。
遠回りをする。
誰にも評価されなくても、自分だけが知っている価値に手を伸ばす。

そういった非合理な行動の中にこそ、創造や進化のタネがある。

非合理であることは、弱さではない。
それは、人間の歴史をつくってきた“本能的な力”だ。

AIにはできない、未来を生み出す選択。
それができるのは、私たちだけだ。

この文章を読んでいるあなたも、あなたの選択も、AIに言わせてみれば、非合理的な判断なのかもしれない。
だからこそ。
そこにこそ、人間としての価値がある。

そして私は思う。
この非合理的な人間らしさの先にこそ、“IKIGAI”がある。

正解のないものに手を伸ばし、誰にも理解されなくても、自分にとって意味のあることを信じて動く。
その繰り返しが、私たちに「生きている実感」をくれるのではないだろうか。

まとめ

Q1:なぜ人は非合理な選択をしてしまうのか?

A:人間の脳は「正解」よりも「快」に動かされるから。
→ ドーパミンは好奇心や衝動によって分泌され、理屈ではなく「感じること」で行動が生まれる。

Q2:合理性だけでは人間が苦しくなるのはなぜ?

A:合理性は正解をくれるが、“存在の実感”はくれないから。
→ 効率化・最適化が進む社会では、判断力は奪われ、自由意思の感覚が失われる。

Q3:AI時代において、人間に残される価値とは?

A:正解のないものを選ぶ「自由」と「非合理な判断」。
→ AIは最適化された答えを出すが、「未知に飛び込む勇気」は人間だけが持っている。

Q4:非合理な判断に意味はあるのか?

A:ある。人類は非合理な“冒険”を繰り返しながら進化してきたから。
→ 進化論的にも、探索的・偶発的な行動こそが、社会や文化を前に進めてきた。

Q5:非合理とIKIGAIはどうつながる?

A:自分でも説明できない“やりたい”の中に、IKIGAIの芽がある。
→ 他人に理解されなくても、自分にとって意味があること。
→ それこそがAIには再現できない、“人間らしさの核心”である。

参考文献

  • Lerner, J. S. et al. (2015).
    Emotion and Decision Making.
    Annual Review of Psychology.
    → 感情が非合理な意思決定をどう導くかを解説。

  • Zuckerman Institute, Columbia University (2023).
    How the brain learns to seek reward.
    → ドーパミンが「快」の探求を促すメカニズムを説明。
    https://zuckermaninstitute.columbia.edu
  • Gopnik, A. (2020).
    Childhood as a solution to explore-exploit tensions.
    → 「探索(非合理な行動)」が進化的に人間の強みであるとする論考。
  •  Garcia, H. & Miralles, F. (2016).
    Ikigai: The Japanese Secret to a Long and Happy Life.
    → IKIGAIの概念を科学的・文化的に紹介した国際的ベストセラー。

他のコラムを見る