自分の色で生きていく——“あなたの色”を探す旅のはじまり

鈴木香加

カラーコーディネーター

東京都渋谷区

自分の色で生きていく——“あなたの色”を探す旅のはじまり

——「あなたは、自分の色で、生きてきただろうか?」

ふと立ち止まる時がある。

誰かの期待や常識に、知らず知らず塗り重ねてきた“よそゆきの色”。

「本当に、これが私なのか?」

そんな問いに、胸を張って答えられる大人は、どれほどいるのだろう。

パーソナルカラー診断——

流行やノウハウだけを語る世界に、違和感を抱いてきた。

色とは、ただの“似合う・似合わない”を決めるものじゃない。

それは、存在そのもの、魂の奥底に眠る“本当の自分”を、そっと掘り起こす旅だ

トライカラーズ代表・鈴木香加。

司法試験。努力の末に夢破れ、すべてを失った日々。

自分を変えるため、周囲の反対を押し切り自分の信じた道を進んだ。

そんな時に出会ったのが「色の力」だった。

“たった一つでも、誰かに灯せる色があるなら”と信じ、歩き出した。

突発性難聴という大きな壁にぶつかった。

片耳が聞こえなくなり、音のない世界に沈みそうな日もあった。

けれど、彼女は立ち上がった。

「私は、誰かの“色”になりたい」

そう決めた日から、トライカラーズは始まった。

鈴木さんが見つめてきたのは、

お客様の肌や目の色だけじゃない。

「その人が、どんな痛みを抱え、どんな希望を握りしめて生きてきたのか」

「本当は、どんな色で未来を描いていきたいのか

——一人ひとりの人生の“奥深く”に、そっと寄り添ってきた。

パーソナルカラー診断は、ただの流行や技術じゃない。

「自分の色で生きる」——それは、自分自身の人生を切り開くための“道しるべ”だ。

鈴木さんの物語は、

誰もが「自分の色」を見失いがちなこの時代に、

“もう一度、本当の自分を取り戻す勇気”をくれる。

「あなたは、自分の色で生きていますか?」

あなた自身の“まだ見ぬ色”が、そっと目を覚ます。

そんな物語が、いまここから始まる。

第1章|「誰かのために、命を使う」——少女の胸に灯った“原点の色”

鈴木さんが生まれ育ったのは、自然と人の温もりに満ちた小さな町だった。
裏山を駆け回り、友達と宝物を探す日々。

スマホもゲームもなかった時代。

花を摘んで冠を作ったり、木や場所に自分たちだけの名前をつけたり、虫を捕まえたり。
泥だらけ、草だらけになって日が暮れるまで遊んでいた。鬼ごっこもままごとも、決まったルールはなく、みんなで新しい遊び方を創り出していった。

ときには、泥まみれの服で帰って親に怒られることもあったが、
怒られないように工夫するのも、毎日の冒険の一部だった。

そんな中で、彼女は人一倍“敏感”な子どもだった。

友達が泣いていれば、自分のことのように胸が痛くなる。
誰かが怒られていると、その空気ごと体に染み込むように感じた。

まわりの表情や声の色、空気の揺らぎさえも、特別に敏感に受け取ってしまう。
そんな自分に、戸惑うこともあった。

世界は、色とりどりの感情が折り重なる場所だった。
「みんなが見ている世界と、自分が見ている世界は、どこか違うのかもしれない」と感じながら、幼い彼女は“感じる自分”をどこかで大切に守り続けていた。

普通の子が見逃すような、

ほんのわずかな「変化」や「色合い」も見逃さない目と心。
自分の弱さや不器用さを恥じる日もあった。
相手の小さな変化や見えない悲しみに、自然と共鳴してしまうからだ。

彼女が悩んだ、この“共鳴力”が鈴木さんにしかない“色を見る力”の原点だった。

第2章|「傷だらけの正義感」——救いたい、救えない。その狭間で

小学校、中学校に進むにつれて

人の気持ちへの敏感さは研ぎ澄まされた。

家族や友達のわずかな表情の変化、
学校の教室に流れる空気のざわめき——
そうしたものが胸の奥に染み込んでしまう。

嬉しさも、寂しさも、孤独も、
全てが“自分のこと”として伝わってくる世界。

「いじめ」や「無視」といった目に見える不正義に、
より敏感に反応するようになる。

ある時は、教室の隅でひとりぼっちになっている子に、
「大丈夫?」と声をかけた。
けれど、その瞬間、自分が標的になるかもしれないという怖さに、
足がすくんで何もできなかったこともあった。

「正しいことをしたい」「助けたい」——
その気持ちと「自分も傷つきたくない」という弱さのあいだで、
心は引き裂かれるようだった。

帰り道、一人で涙を流す夜もあった。
「どうして私は、行動できないんだろう。」
「どうして、何もしてあげられなかったんだろう。」

自分の無力さ、情けなさを、
何度も何度も心の中で責めた。

「人の痛み」に敏感であるからこそ、

生きるのが辛く感じる日々。

本当に「誰かを救う力」がほしい——。
困っている人、弱い人を守れるようになりたい。
正義とは何か、やさしさとは何か——

自分に力がないと何も救えない。

彼女は「弁護士」を目指すことを決心した。

本当に困っている人を救いたい。

その一心で歩みを始めた。

図書館に通い、法律書や物語を貪るように読み続けた。

高校を卒業し、進学先も「法律」を学ぶ大学を選んだ。
「今度こそ、誰かを救える自分になれるかもしれない」。

期待と決意を胸に、司法試験の勉強に身を投じた。

司法試験は、想像を絶するほどの競争と知識量、
そして何年も続く孤独な努力を求める世界だった。

「何時間勉強しただろう」

「どれだけのことを我慢しただろう」

全ての生活を司法試験合格に向けて朝から晩まで勉強した。

だが——
何年もかけて積み上げたものが、
試験の結果ひとつで“ゼロ”になった。

「不合格」という通知が届いた瞬間、
彼女の世界は色を失った。

あれほど願った「誰かを救う力」も、
あれほど努力した「正しさ」
も、
一瞬で崩れ去った。
夢が砕け散る音が、心の奥に響いた。

「私は本当に無力だ」
「自分が信じた道は、ただの自己満足だったのかもしれない」

——深い絶望と無力感。

家族や周囲は「就職したら?」「安定した会社に行けば?」と勧めてくれる。
けれど、自分のやりたいことじゃない、
心から「これが私の生きる意味だ」と思えない選択だけはできなかった。

たったひとりで、自分の挫折と向き合う時間。

正に人生に絶望したのである。

第3章|「ゼロから、もう一度自分を塗り替える」——異世界への飛び込みと新しい挑戦

司法試験に敗れ、人生のレールが音もなく消えた。

気がつけば部屋にこもり、
何もやる気が起きず、未来のことを考えるのも怖かった。
「何もできなかった自分」が、鏡の中で虚ろに微笑んでいた。

そんな中、ひとりの知人から声がかかった。
「ブライダルエステの仕事があるけど、やってみない?」

最初は戸惑った。
法律家を目指してきた自分が、“美の世界”に飛び込むなんて考えたこともなかったからだ。

だが、その誘いを受けたのは、
“誰かの人生の大切な節目に寄り添う”という役割に、

どこか救いの気配を感じたからだった。

「一度きりの結婚式。せめてその日だけでも、花嫁さんを最高に輝かせたい」
その想いが、心のどこかに灯った。

失敗した自分でも、誰かの役に立てるかもしれない——。
そんな希望にすがるように、新しい世界の扉を開いた。

右も左も分からず、覚えることだらけ。
施術の技術、接客、スタッフ間の人間関係……
エステの世界は、想像以上に体力も精神力も必要だった。

それでも鈴木さんは、「やるからには絶対に本気でやりきる」と決めた。
司法試験で身につけた粘り強さと集中力で、
誰よりも早く技術を覚え、花嫁たちの心に寄り添うことに全力を尽くした。

ある日、施術を終えた花嫁さんが、
涙ぐみながら「私、こんなに綺麗になれるんだ……」と呟いた。

その瞬間、
「美しさは人を救う力がある」
——そう、はっきり感じた。

「弁護士じゃなくても、人の人生を変えることはできる。
“色”や“美”を通して、人の心に火を灯すことができるんだ。」

その気づきは、彼女の人生のベクトルを根本から変えた。

“美しさ”の本質をもっと深く知りたい——

そう願うようになった鈴木さんは、パーソナルカラー講座の扉を叩いた。

教室に入った瞬間、そこには見たこともない“色の世界”が広がっていた。

机の上には色とりどりのドレープ(布地)が並び、講師たちの所作や言葉、ひとつひとつに「色を通じて人の人生を変える」という強い使命感が宿っていた。

初めて学ぶパーソナルカラーの理論——

「色」は、ただ人に似合う・似合わないを判定するものではない。
その人が持つ“生まれ持った美しさ”を、本来のままに引き出し、
自分自身を肯定する“勇気”を与えてくれるものだと知った。

「あなたは、本当はどんな色が好き?」
「どんな色に心が揺れる?」
「自分で自分を好きだと思える色は、どれだろう?」

ただ「流行」や「セオリー」を教えるだけの場ではなかった。
色彩心理、色の歴史、そして何より「色が人の心にどう影響を与えるのか」を、
先生も受講生も、ともに“探求”していく。

その探求の中で、鈴木さん自身もまた、
「誰かの“内なる美しさ”に火を灯す色を見つけたい」
そう強く願うようになった。

さらに、美を極めるため、鈴木さんはメイクアップのスクールにも通い始める。
単に「顔を美しく仕上げる」だけでなく、
「その人の内側に眠る美しさを、色と形でどう表現できるか」

——毎回、モデル役の生徒やお客様と真正面から向き合い、
「なぜその人がその色をまといたいのか」「本当はどんな自分になりたいのか」
心ごと寄り添い、手を動かした。

「この世界で、一流になりたい」

花嫁さんに最高の技術を提供するために、
彼女は夜遅くまで実技を練習し、何度も失敗しながらも、
一人ひとりの“色”と“美しさ”に向き合い続けた。

第4章|「音の消えた世界で、私は“色”になる」——突発性難聴と、唯一無二のサロン誕生

ある日突然、鈴木さんの世界から“音”が消えた。
朝起きると、片耳がまったく聞こえない。
「気のせいかな」「そのうち治るだろう」——
最初は軽く考えていたが、病院での診断はあまりにも残酷だった。

「突発性難聴です。元には戻らないかもしれません」

悔しさ、悲しさ、恐怖。
外に出る気力もなく、誰とも会いたくなくなった。

何度も何度も病院に通い、
家族や知人にも「大丈夫だよ」「そのうち戻るよ」と励まされた。
でも、現実は変わらなかった。

——もう普通の生活には戻れないのか

ブライダルの現場で「音」が大きな意味を持っていた。

花嫁の声、スタッフとのやり取り、拍手や笑い声——
人と人をつなぐ「音」に囲まれて働いてきたからこそ、
片耳の音を失った瞬間、世界から“人の温もり”が遠ざかるような寂しさに襲われた

もうこの仕事を、以前のように続けていくのは難しいだろう——そう実感した。

自分に今できることは何だろうと、何度も自問した。
そんななかで、最後に自分に残されたものが「色」だった。

どんなに静かな日も、どんなに孤独な時も、
色だけは確かに、目の前にあった。

「私は“音”で人とつながってきたけれど、
“色”なら、もう一度誰かの心に寄り添えるかもしれない——」

そんな小さな希望が、絶望の淵にいた自分の背中を、そっと押してくれた。

この体になった今、
きっともう“普通”の就職は難しいだろう。
それなら、これまで積み重ねてきた経験と力で、
自分らしく独立するしかない——そう心を決めた。

思い悩む中で、ふと心に浮かんだのは「色の力は人を救える」という確信だった。
もしパーソナルカラーを通じて誰かの背中を押せるなら——。
そう信じて、思い切ってパーソナルカラーの店を開業することを決意した。

パーソナルカラーはかつて一度ブームがあったが、鈴木さんがトライカラーズを始めた頃にはその熱気も落ち着いていた。
今のようにサロンが乱立する時代ではなく、「似合う色を知る」という価値観も、ごく一部の美容好きだけのものだった。
それでも「色の力で人生が変わる人がいるはずだ」と信じ、
自分の挫折も、難聴も、そして感受性も——全部“誰かのため”に使い切ろうと、鈴木さんは行動を始めた。

こうして、トライカラーズをオープンした。

屋号「トライカラーズ」には、「いろんな色を試しながら、自分らしさを見つけてほしい」という願いが込められている。
人は本当の気持ちを簡単に言葉にできない。だからこそ、どんなお客様にも“色”をきっかけに、前向きな変化を感じてほしい——そんな思いを託した。

家具も備品も最低限。
開業したもののお客様は、最初は一人も来ない。
チラシを作り、ブログを書き、SNSで自分の想いを発信し続けた。

しかし現実は甘くない。

周囲の反応はなく、経営を相談できる人もほぼいなかった。

ある日、トライカラーズに初めてのお客様がやってきた。
お客様は最初、不安そうな表情だったが
カウンセリングとパーソナルカラー診断を進めるうちに、
鏡の前で自分の“似合う色”に出会ったその方は、
「今まで自信がなかったけど、初めて自分を好きになれそう」と言ってくれた。

その瞬間、
「開業して良かった」と心から思った。

絶望から自分の出来ることを考え、行動し、社会と繋がった瞬間だった。

トライカラーズは、こうして一歩ずつ歩み始めたのだ。

第5章|「“ありがとう”を仕事の真ん中に」——トライカラーズが貫いてきた“本質”

トライカラーズを始めてから、

鈴木さんは仕事そのものの意味や自分が本当に大事にしたいことを、

何度も問い直してきた。

鈴木さんが本当にやりたかったのは、

“目の前の一人ひとりの心に触れ、その人の本当の価値や美しさを見つけること”。

診断を受けに来たお客様の中には、

人間関係やこれからの人生に悩みを抱えている人もいる。

そうした悩みや想いに、真正面から耳を傾ける。

単なる“似合う・似合わない”で終わらせず、
その人自身の“人生のストーリー”を一緒に紐解くように話を重ねていく。

時には診断が終わったあと、
「自分を好きになれそうです」
「これからは少し自信を持って生きてみたい」
と涙を浮かべながら感謝を伝えてくれる方もいる。

「ありがとう」と言われる瞬間が、一番の報酬です。
どんなに大変な日も、その一言で、また頑張ろうと思える。

それがトライカラーズという仕事の本質であり、続けてきた理由だ。

鈴木さんは、「色を売ること」や「流行を追うこと」には重きを置いていない。
診断の現場では「この人がどれだけ自分を好きになれるか」
という一点に、徹底して集中している。

だからこそ、
「パーソナルカラー診断は

“自分の本質を見つめ直すためのきっかけ”であってほしい」と願っている。

鈴木さんは“科学的視点”と“創造性”の両方から、
その人の本当の美しさと可能性を導き出すのが信念だ。

鈴木さんがトライカラーズを続けてきた中で、

いつも大切にしているのは「創造性」だ。

子どものころ、身近なものを何でも遊びに変えていた原体験は、

大人になった今も彼女の土台になっている。

だが、それは単なるノスタルジーではない。

サロンで出会うお客様ひとりひとりに、「今の自分」から

“新しい色”や“自分らしさ”を生み出すための創意工夫を勧めている。

「色で人生が変わるなんて信じられない、という人もいる。

でも、“色”をきっかけに、誰かが自分を好きになれるなら——

私は何度でもその人の“色”を一緒に探したい」

そう語る鈴木さんにとって、“創造性”は生き方そのもの。トライカラーズの扉は、悩みを抱えた誰かのため、今日も開かれている。

第6章|「“プロ”とは、誰のために技を磨くのか」——“あなたの人生の応援団”として

トライカラーズを続けるなかで、

鈴木さんは常に「プロフェッショナルとは何か?」という問いに向き合い続けてきた。

美容や色の世界では、知識や資格、流行のテクニックも一つの“プロ”の証とされる。

鈴木さんにとって“プロフェッショナル”の本質は、

精神性も伴っていないと意味がなかった。

「“プロ”とは、誰のために技を磨くのか?」

トライカラーズを訪れる人はさまざまだ。
新しい人生を始めたい人、これまで自分を好きになれなかった人、自信を失い立ち止まっていた人、そして“自分らしさ”を模索する人たち——。

鈴木さんは、そうした一人ひとりの人生に本気で向き合い、診断やカウンセリングの手順も絶えず見直してきた。

「本当にこの人にとっての“似合う色”とは何か」

「どんな言葉やプロセスがその人の背中を押せるのか」を、現場で徹底的に追求してきた。

そして、セミナーや講演、プロ養成講座の依頼も増えていったが、
「技術や知識を“売る”のではなく、“応援団”でありたい」
という初心だけは、決して手放さなかった。

資格や肩書きよりも、目の前の人にどれだけ寄り添えるか。どんなに忙しくても、一人ひとりと誠実に向き合うこと。それこそが、トライカラーズでプロとして生きる“覚悟”である。

パーソナルカラーのブームに乗り、「効率」や「流行」だけを追うサービスが増えていった時期もあった。しかし鈴木さんは、「数をこなすこと」や「浅い関わり」に満足しなかった。

「鈴木さんに出会えてよかった」「また来ます」と言ってもらえることが、何よりの原動力だった。

その言葉のために、日々自分自身の技と向き合い、時に迷いながらも「もっと良い方法はないか」と挑み続けてきた。

トライカラーズは、「色で人を救う」ことを最後まで信じ抜くプロのサロン。その中心には、「人の人生」を応援する情熱を持った鈴木さんがいる。

“プロ”とは、誰かの幸せのために技を磨き続ける人。
その想いを胸に、トライカラーズのドアは、今日も新しい一歩を踏み出すあなたを待っている。

第7章|「“命が揺れる色”を描くこと」——色彩が導いた“未完成の物語”

鈴木さんの歩みを振り返ると、そこにはいつも「問い」があった。

なぜ自分は、こんなにも誰かのために生きたいのか。
なぜ“色”に、これほど心を奪われるのか。

そして、人生のどん底でも「もう一度、誰かの役に立ちたい」と願えたのはなぜか——。

司法試験の挫折、突発性難聴という大きな壁。
幾度となくゼロに戻った日々のなかで、鈴木さんを動かし続けたのは、
「誰かの命の色に触れたい」という揺るがない想いだった。

トライカラーズの扉を開く人々は、
自信をなくした人、未来に迷う人、過去の傷から抜け出せない人……
その一人ひとりに向き合いながら、
「この人の命は、今どんな色で震えているのだろう」と、心を澄ませてきた。

その人がどんな人生を生き、どんな痛みや喜びを積み重ねてきたのか。

その物語ごと受け止め、
“本当の自分”という色に、もう一度出会い直してもらう——
それこそが、トライカラーズが存在する理由だ。

「色を選ぶとき、人は自分の心の声を聴くことになる。
“私はどう生きていきたい?”
“どんな未来を描きたい?”
その一瞬一瞬が、命の色を描き続けている——」

完璧な答えもゴールもない。
今この瞬間、その人が「自分の色」を信じられたなら——
それが人生で一番美しい瞬間なのだ。
トライカラーズは、今日もまた“未完成なまま”色を重ねていく。

鈴木さん自身にとってIKIGAIとは何か?
この問いに、鈴木さんはこう語った。
「私のIKIGAIは、“色”で誰かの人生を照らすこと。
そして、そのバトンを次の世代に繋げていくことです」

トライカラーズの仕事は、“色”を診断することだけにとどまらない。
「この人がどんな人生を生きてきたのか」
「どんな痛みや希望を抱え、今日ここに立っているのか」——
そのすべてを色彩というフィルターを通して受け止め、

「あなたはあなたのままで美しい」
「あなたの“命の色”は、ちゃんとここにある」

——そう伝えることを何より大切にしてきた。

「お客様の人生に色が灯った瞬間、自分自身の命がまた震えるのを感じる」

トライカラーズで生まれる色と感謝は、その人自身だけでなく、
“誰かの子どもや、次の世代の心”にもきっと受け継がれていく。

「色の力は、時代も世代も越えてつながっていく。
私の手から誰かの手へ。
そしてその人の手から、また別の誰かの手へ——
そうやって“命の色”がこの世界に連鎖していく」

自分自身の痛みも喜びも、誰かの人生の物語も、
色という“目に見える奇跡”に変えて、未来へと手渡していく。

「色は、“今”だけのものじゃない。
この人生の先に続く誰かのために、
私はこれからも、色で誰かの人生を支えていきたい」

そう語る鈴木さんのまなざしは、
「過去の自分」「いま目の前のお客様」「そして未来の誰か」——
すべての命を優しく見つめている。

色が、人をつなぐ。
“命の色”が、また新しい物語を紡いでいく。

トライカラーズの空間には、そんな希望が満ちている。

あとがき

「自分の色とは、いったい何だろう——」

鈴木さんと語り合ううちに、私は何度もこの問いへと立ち返った。
色には、「与えられた色」と「自分で作っていく人生の色」がある。

ひとつは、パーソナルカラーという学問に基づき、
肌や瞳、髪の色といった“その人に本当に似合う色”を診断し導き出すもの。
これは統計や科学、長年の研究で築かれた“最適解”であり、
その人の美しさや魅力を最大限に引き出す贈りものだ。

もうひとつは、人生の色

傷つき、愛し、迷い、立ち上がる——
その一つひとつの経験のなかで、自分の意志で選び、塗り重ねていく「哲学としての色」。
この色には、正解も不正解もない。

価値観や夢、希望や葛藤——
そのすべてがにじみ出る、命そのものの色だと思う。
パーソナルカラー診断が「客観的な手法」であなたに似合う色を見つけてくれる一方で、
人生の色は、自分自身が選び取っていくしかない。

鈴木さんもまた、何度も夢や自信を失った。
司法試験の不合格、突発性難聴——
人生の大きな壁にぶつかるたび、
「自分はどんな色で生きたいのか」と問い続けてきた。

トライカラーズを始めてからも、
「人の色を見つけるプロとして本当にこれでいいのか」
「もっとできることはないのか」と、葛藤や不安は何度も押し寄せた。

けれど、そんな迷いの中でこそ、
「似合う色」と「なりたい色」——
その両方に寄り添うことの意味と、そこに生まれる勇気を、
鈴木さんは伝え続けている。

華やかな人が目立つ時代、
自分には「色がない」と思う日があってもいい。
けれど、「色がない」その余白は、
どんな色にもなれる無限の可能性を秘めている。

そして、もう一つ。
自分が気づいていなくても、「誰かがあなたの色を感じている」ことが、きっとある。
その“他者に見出される色”をそっと見つけ、言葉にしてくれるプロこそが、鈴木さんだ。
彼女は、自ら色を見失った痛みを知るからこそ、
まだ見ぬ“あなたの色”に、やさしく寄り添い続けることができる。

色は、
学問であり、
感性であり、
選択であり、
人生の物語そのもの
だ。

どんな色も、美しい。
色は、希望であり、痛みであり、葛藤であり、記憶であり、未来でもある。
人生は、与えられた色から始まり、
自分で選んだ色で物語を塗り替えていく旅だ。

鈴木さんの物語は、
あなたが“あなた自身の色”を見つけるきっかけになるはずだ。

あなたが、自分の色を肯定できる日が、
一日でも早く訪れることを、心から願って。

そして、あなたの“色”に気づくきっかけとなりますように——。

IKIGAIコレクター
尾﨑弘師

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