情熱が戻らないあなたへ――“もう一度、心に火をつける”方法

「昔の自分って、もっと熱かった、気がする」
ふと立ち止まったとき、心の奥からそんな声がした。

私は17歳でプロボクサーになった。
拳ひとつで人生を変えようと本気で信じていた。

でも、現実は残酷だった。
負けが続き、体調不良に悩まされ、気づけば、夢を手放していた。

就職していた大手企業でも、どこか心が置き去りのままだった。
誰かの価値観で評価され、毎日を“こなすだけ”になっていた。

一番つらかったのは、
「自分が何にワクワクしていたのか」を思い出せなくなっていたことだ。
気づけば、心は無表情になっていた。

でも——

情熱は、消えたわけじゃなかった。
問題は、それがどこに向かうべきか、わからなかったというだけだ。

そこから私は、
“生きてる実感”をもう一度取り戻した。

これは、私の物語であり、今、“燃え方”を忘れかけたあなたへの物語でもある。

そして、私の過去の挫折が——
誰かの情熱を照らす道標になると信じて、魂を込めて記す。

あなたの、眠っている情熱が、再び燃えますように。

執筆者プロフィール|尾崎 弘師

  • 元プロボクサー。17歳でデビューし、勝敗と体調不良の中で「情熱の喪失と再起」を体験

  • 現在はAI関連の営業職として最前線に立つと同時に、「人間らしさ」の価値を探求

  • フリーランスとして独立後、年間販売額1億円超の営業実績を達成

  • 独学でライティングと心理学を学び、人の内面に火を灯す言葉を届ける活動を続けている

  • 「IKIGAIコレクター」として、全国の“IKIGAIを持つ人”を取材・発信・応援

  • テクノロジーと人間性の間に立ち、“合理では語れないもの”を言葉にすることを大切にしている。

01|まず、“ちょっと面白そう”に手を出す

——情熱は、いきなり見つかるもんじゃない

何も考えたくなかった。
いや、正確に言えば、考えることをやめたかった。

毎日が雑多で、心はいつもどこか疲れていた。
将来のことも、夢のことも、もう考えたくなかった。

そんなとき、私はただ無心に、本を読み続けた。
知識を求めたわけじゃない。ただ、現実から逃げたかった。
本の中なら、誰にも触れずに“自分”から遠ざかれる気がした。

——そんなある日、ふと目にした。
「ミトコンドリア」という言葉を。

細胞の中にある、小さな小さな器官。
でもその存在が、人間の生きるためのエネルギーを生み出している。
“生きること”の根本には、こんな仕組みがあるんだ。
そう思ったとき、なぜか胸がじんわりと熱くなった。

これは、あとから知ったことだけど、脳は“新しい発見”や“興味のあること”に触れたとき、ドーパミンを分泌する。
その快感が、人を“もっと知りたい”という行動に駆り立てる。

つまり、あの瞬間私は、ミトコンドリアに出会って「情熱の報酬系」が目を覚ましたのかもしれない。

大それた夢じゃなかった。
でも、「これ、もっと知ってみたい」と思った。
そして自然と、文章を書き始めた。

誰かに読まれるわけじゃない。
でも、不思議と楽しかった。
まるで、誰にも邪魔されない場所で、静かに焚き火をしているような気分だった。

今思えば、あれが情熱の火種だった。
たったひとつ、「なんか面白いかも」と思っただけで、人生の方向がそっと変わり始めた。

情熱は、いきなり燃え上がるもんじゃない。
まずは、小さな“好奇心”を信じて手を伸ばすこと。
それが、“もう一度、自分に火をつける”最初の一歩になる。

02|比べるなら、“昨日の自分”だけにする

——情熱は、他人の評価では育たない

ミトコンドリアに夢中になっていた時間、私は誰とも比べていなかった。

誰かのようになりたいとか、誰かより優れていたいとか、そんな気持ちは、どこにもなかった。

ただ、「知りたい」「もっと掘りたい」という感覚だけで動けていた。
そのとき私は、情熱というのは、“誰かの目”を意識した瞬間に消え始めるんだと、あとになって気づいた。

でも、現実に戻るとそうもいかなかった。

SNSを開けば、同世代の活躍が目に入る。
会社では結果が出る人が評価される。
それを見ては、自分が何も進めていないような気がして、焦りと自己否定が静かに積もっていった。

「なんであの人はできるのに、自分はできないんだろう」
気づけば、ミトコンドリアの熱も、心のどこかに押し込めていた。

——そんなとき、本で読んだある言葉が、私を救った。

「人は、自分で選んだことにしか、本気になれない」

心理学でいう自己決定理論(Self-Determination Theory)という考え方だった。
情熱ややる気が生まれるには、3つの条件があるという。

  • 自律性:自分の意思で選んでいる感覚

  • 有能感:少しずつでも成長している感覚

  • 関係性:誰かとつながっている感覚

私はそのすべてを、他人の物差しの中で殺していた。
誰かに決められた目標。
誰かの基準で測られる成果。
そこに、自分の情熱なんて宿るはずがなかった。

それから私は、「比べるなら“昨日の自分”だけ」と決めた。
昨日よりほんの少しだけ深く呼吸して、ミトコンドリアを愛せたか。
昨日よりほんの少しでも、“自分らしい一歩”が踏み出せたか。
それだけを、見つめ直すようになった。

他人のスピードに焦らなくなった。
他人の成功に怯えなくなった。
そうやって、心の火はまた少しずつ、形になっていった。

03|楽しいは、“やってる最中”にある

——情熱は、結果じゃなく「夢中の中」にいる

「比べるなら、昨日の自分だけ」
そう決めてから、少しずつ心は整いはじめた。

でも正直なところ、「これでいいのか?」という不安は、いつもつきまとっていた。

──ある日、ふと思い立って、久しぶりにミトコンドリアのことをまとめてみようと思った。
過去に読み漁った本や資料を引っ張り出し、ノートに書き写しながら、自分なりに言葉にしていった。

何かの役に立つわけじゃない。
誰かに褒められるわけでもない。

ただ、「知ること」と「言葉にすること」が、なぜか楽しかった。

気づけば、3時間くらい経っていた。
スマホも見てないし、SNSも開いてない。
コーヒーはすっかり冷めていたけど、心は静かに温かかった。

「なんで、こんなに集中できたんだろう?」

あとで調べてわかったのは、そのとき私の脳にはドーパミンが出ていたということ。

ドーパミンは、報酬を得たときよりも、“報酬に向かっている最中”に最も強く働く神経伝達物質だという。

つまり、夢中になっているとき。ゴールじゃなく、“向かってるとき”に、人は一番「楽しい」を感じる。

私が本当に欲しかったのは、「なりたい自分」や「他人の評価」じゃなかったのかもしれない。
ただ、誰にも邪魔されずに“夢中になれる時間”が欲しかっただけなんだと、やっとわかった。

だから今は、何かに没頭できた日を、自分の中で“いい日”と呼ぶことにしている。

誰にも見られなくても。
成果が何ひとつなくても。
「今ここにいる」という感覚を忘れてしまっていても。

まとめ|情熱を取り戻すために、科学と実感から見えたこと

Q1:なぜ情熱は失われてしまうのか?

A:脳が“慣れる”から。
→ 快楽や達成感は時間とともに薄れ、「快楽順応(ヘドニック・アダプテーション)」が起こる。新鮮さがなくなると、心は動かなくなる。

Q2:情熱はどうやって再び生まれるのか?

A:“面白いかも”を掘ることで、ドーパミンが分泌される。
→ 小さな好奇心を深めると、報酬系が活性化され、行動する意欲が自然と湧いてくる。

Q3:なぜ他人と比べると苦しくなるのか?

A:自己決定感が失われるから。
→ 「自律性」「有能感」「関係性」が満たされないと、内発的な情熱は育たない(自己決定理論)。

Q4:やる気や情熱は結果が出たときに生まれる?

A:違う。行動“している最中”が最も快を感じる。
→ ドーパミンは、目標達成時より“目標に向かっているプロセス”で強く分泌される。

Q5:どうすれば“もう一度”情熱が灯るのか?

A:今いる場所で、小さな火種に手を伸ばすこと。
→ 情熱は特別な才能ではなく、「行動」と「習慣」のなかで育っていく。

参考文献

情熱は失われてしまうのか?

  •  Frederick, S. & Loewenstein, G. (1999).
    Hedonic Adaptation(快楽順応) の古典理論。
  • Finkelstein, J. et al. (2023).
    「Hedonic Adaptation in the Age of AI」
    → 快楽順応がテクノロジーの中でどう変化しているかに関する最新研究。
    [arXiv preprint, 2023]
    https://arxiv.org/pdf/2503.08074

Q2:情熱はどうやって再び生まれるのか?

Q3:なぜ他人と比べると苦しくなるのか?

Q4:やる気や情熱は結果が出たときに生まれる?

Q5:どうすれば“もう一度”情熱が灯るのか?

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