執筆者プロフィール

IKIGAIコレクター 尾崎弦師

みんなのIKIGAIを全力で応援する

尾崎 弘師

株式会社ミトミト代表取締役

1.生い立ちと幼少期

1994年5月11日、4人兄弟の末っ子として誕生。父の会社倒産後、築70年のアパートで7人で暮らし、貧しい幼少期を過ごす。

・両親から「人と比べないこと」と「幸せの基準を上げないこと」を教わる。

2.夢の発見とボクシング

野球に親しむが、「やらされている」と感じボクシングに転向。『はじめの一歩』に影響され、ボクシングの世界チャンピオンを目指す。

・17歳でプロボクサーに合格。

3.夢の挫折と社会人生活

高校卒業後、大手鉄鋼会社に就職するも、仕事にやりがいを感じられず失敗を重ねる。

4.再挑戦と独立

ボクシングの情熱を思い出し、仕事を続けながらプロボクサーとして活動。5年間活動するも、成果を出せずに夢を諦める。社会人として新たな挑戦を求め、営業の世界に飛び込む。3ヶ月で1社目を辞め、半年で2社目を辞める。その後独立し、ITコンサル兼営業代行として活動。

5.IKIGAIとの出会い

偶然「IKIGAI」という概念に出会い、日本独自の価値観として技術とサービスを追求する重要性を認識。

6.IKIGAIプロジェクトの構想

日本の技術とサービスを広めるプラットフォームの構築、IKIGAIマッチングを通して、IKIGAIを繋げていくことを目標としている。

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日本のIKIGAIを集める唯一無二のIKIGAIコレクターになる。

私はまだ何者でもない。しかし、これから日本のIKIGAIを集める唯一無二のIKIGAIコレクターになる。

日本に眠るIKIGAIの本質を掘り起こし、世界に広める。本物を知るための新しい価値観のプラットフォームがあれば、日本独自の価値観を追求できる。

今、私はその本質を掘り起こし、探求の旅へと向かう。

『両親から教えられた幸せの価値観』

1994年5月11日に4人兄弟の末っ子として誕生。バブル崩壊後、父が会社を倒産させた後に生まれたため、築70年の2Kのアパートに祖父を含む7人で暮らし、栄養のあるご飯を食べられないほどの極貧な幼少期を過ごす。

貧しい家庭ではあったが、両親から「人と比べないこと」と「幸せの基準を上げないこと」を教わった。

『夢が出来た瞬間IKIGAIのある生活』

父の影響で野球が好きになり、近所のソフトボールチームに入る。多くの仲間に恵まれ、充実した日々を過ごす。しかし、自分で決めたことではなく、やらされていると感じることがあり、野球自体が嫌いになる。

中学校でも野球部に入部したが、「やらされている」という感覚は抜けずに続けていた。

その時、ボクシング漫画『はじめの一歩』に出会った。私はその漫画を読み、胸がドキドキした。この世界で生きたいと強く思ったのは初めてだった。ボクシングの世界チャンピオンになりたいという夢が初めてできた瞬間だった。その思いを持ち、両親、野球部の顧問、仲間たちに説明し、ボクシングの道へ進んだ。

ボクシングジムの門を叩いたとき、独特のグローブと汗の匂い、サンドバッグを打つ音、強そうなマッチョなジム生など、何もかもが新鮮だった。練習も楽しく、四六時中ボクシングのことを考えていた。私は夢を見つけ、IKIGAIのある生活を送っていた。

毎日がむしゃらに練習し、17歳でプロボクサーに合格した。

『自業自得で夢を捨てる。そして後悔』

しかしその当時、両親との関係が悪化し、家を出て当時の彼女と一緒に暮らすことになった。彼女はバツイチ子持ちで、2児の母であったため、学校、バイト、子育て、勉強をこなす高校生活となった。その時、私は状況に甘んじ、簡単に夢を諦めてしまった。自分で決めたことさえ守れない愚か者であった。

高校卒業後に地元を離れ、大手の鉄鋼会社へ就職。希望を持って入ったが、現実は甘くなかった。覚えも悪く、仕事を覚えられない。ミスも多く、何百万の損失を出したこともあった。仕事が合っていなかったのか、「仕事にやりがいはない」と感じていた。

『プロは甘くない。当たり前の結果で落ち込む』

悶々とした気持ちでいる時に、ボクシングでの情熱を思い出した。会社に交渉し、ファイトマネーを貰わないならOKと特別に許可を貰い、仕事をしながらもう一度ボクシングの世界に入った。

それから5年間プロボクサーとして活動したが、正直私は弱かった。始めた時は情熱のままに活動していたが、練習しても強くなれなかった。寝る暇も削って練習した。ジムでの練習時間は誰よりも長かった。それでも勝てなかった。心のどこかで自分は弱いんだ、努力しても意味がないと感じていたのかもしれない。結局、心も体もボロボロになり、夢を諦めた。

自分は無価値な人間だと思った。こんなやついなくなっても変わらない。とにかく落ちる所まで落ちた。

『ミトコンドリアの覇者としてのIKIGAI』

何かしないと悪いことを考えてしまう。考えないために私は今までほとんど読んだことがなかった本を読むようになった。空いた時間があれば資格勉強をした。その時は自由な時間で考えることが怖かったから、とにかく没頭できた。

私は本を読んで人生が変わった。ミトコンドリアに出会い、自分の生きる意味を感じられた。息を吸って吐くだけでいいと思えるようになった。何より、新しい知識を得ることがこんなに楽しいことだと知ることができた。自分はミトコンドリアの覇者として生きようそう思った。私の人生でI新しいKIGAIを見つけた瞬間であった。

本とミトコンドリアに出会い、好奇心が爆発していた。当時27歳。社会的スキルは何もない。新しいことをするなら今が一番チャンスがある、その当時はラストチャンスだと思い、9年間働いた会社を退職し、未経験の営業の世界に入る。

『営業の世界へ飛び込み、独立』

営業の世界は想像していたより甘くなかった。最初は全く成果が出なかった。1社目は3ヶ月で辞め、2社目は6ヶ月で辞める。これだけ聞くとただのポンコツ社会人だと感じるだろう。私も他の人にこの情報を聞いたらそう感じる。

しかし私はその後、フリーランスのITコンサル兼営業になり、独立半年後から安定して成果を出す。独立6ヶ月目からの1年間で販売単価で1億円、月収100万を超える。1人法人で株式会社設立するまでになった。

私はほとんど営業の才能がない。覚えも悪いし、顔が良い訳でもないし、話術があった訳でもない。

ただ、私はやり続ける能力だけは人よりあった。ボクシング時代のがむしゃらさを営業で発揮したら、才能がなくても少しずつ成果が出た。そして何より、あの時の失敗があったからこそ「努力の仕方」を考えるようになった。周りにも恵まれ、尊敬できる営業の師匠も見つけることができた。努力の仕方と試行回数を追求し続けた結果が出た。

『良い所が広まるのではなく、よく見えたものが広まる時代』

年間300ほどのクライアントと話す中で気づいたことがある。今の時代、良い所が広がるのではなく、よく見えたものが広がる時代だということだ。

思い、こだわり、技術、サービス。これらを極めている会社が潰れていくのを目の当たりにした。最終的には、お金がないと継続的に思いを繋げられないと知った。一方で、見せ方だけが上手な企業もあった。そういう企業はお金が潤沢だった。

世の中の仕組みを感じれば感じるほど、広告とITメディアに身を置くものとして悲しい気持ちになった。

そして、技術とサービスを追い求めた昔ながらの職人たちの中には、よく見せることを『ダサいこと』だと思っている人も一定数いると感じた。技術とサービスを極めることが本質であり、それを探求する姿勢が大切だと考えているのだ。私は、そういった日本の侍たちを心から尊敬している。

『IKIGAIの概念を知り、新たなIKIGAIが生まれる』

悶々とした答えのない社会の仕組みを感じている時に、偶然「IKIGAI」という概念に出会った。その出会いは、オンライン英会話のフィリピン人講師から「あなたの IKIGAI は何ですか?」と尋ねられたことから始まった。当時、私はその質問に答えることができなかった。それは、これまで本当に「生きがい」について深く考えたことがなかったからだ。

その講師は、IKIGAIというベストセラー本の中で、日本人は IKIGAI を持って働いており、そのため技術力が高く、長時間労働にも関わらず幸せに生活していると信じていた。

しかし、その認識と私たち日本人の現実との間には大きな乖離があると感じ、胸が締め付けられる思いだった。本に書かれているIKIGAIと、私たち日本人の『生きがい』は少し違うように感じた。本当の『生きがい』は、″お金や時間、権力に左右されずに技術とサービスを追求するプロフェッショナルな行動″だと感じた。これを理解し、追求することが現代の私たち日本人にはとても重要だと考えるようになった。それが日本独自の『IKIGAI』であり、我々日本人の世界に誇れる圧倒的な強みであると感じた。

私がこれまで見てきたクライアントの中にも、IKIGAIを持った本物のプロフェッショナル達がいた。しかし、彼らの経営が上手くいっているとは限らない。人が集まり、依頼が集まるとも限らない。よく見せることを「ダサい」と考える人もいた。

だったら、そんなプロフェッショナル達を、日本の眠っている侍達を呼び起こそう。そんなプロフェッショナルが詰まったプラットフォームがあれば、新しい価値観が創出できる。本物が広がる。そして、そのプロフェッショナルを見ることで新しい世代にIKIGAIが連鎖していく。そんな夢を私は描けた。もし、こんな社会になったら最高に面白い。私は進もう。そう決めた。

私の新たな『IKIGAI』が生まれた瞬間だった。

オンラインインタビュー写真

『皆で IKIGAI のある社会を』

こんな夢は到底、一人では叶えられない。だからこそ発信する必要があり、仲間を増やす必要がある。

現在の日本は多くの課題を抱えている。ニュースを見ても暗い話題ばかりで、日本は終わりだと共通認識のように言われる。しかし、私は思う。「この国に本当に未来はないのか?」

価値観は人それぞれだが、人は幸せになるために生まれてきた。そのためにお金という道具を使い、便利な道具を買い、生活を便利にする。しかし、それを手に入れるために心の豊かさを犠牲にしては意味がない。

これから、経済的に発展しきった多くの先進国では、新しい価値観として人々がIKIGAIを求めて進む社会になると思う。

だからこそ、日本のIKIGAIは新しい幸せの価値観として発掘していかなくてはいけない。これが日本人が気づいていない日本の宝だと私は確信している。そしてそのIKIGAIは次世代に繋げていかなくてはいけない。

皆が IKIGAI を思い出し、それぞれが誇りを持って全力を尽くすことができれば、社会全体が明るくなり、幸せになる。皆がそれぞれのIKIGAIを尊重できる社会になる。

皆さんと共に自分の IKIGAI を追求し、進んでいく。そして IKIGAI のある社会に近づくように思いを込めて、私は歩んで行く。

IKIGAIコレクター 尾崎弘師